翻訳と汚い言葉

どの国の言語にも、人を罵倒したり下品な意味をもつ、言葉や表現は存在します。

そして、作者や監督の趣味や考え方で、そう言った言葉を、小説や映画などであえて使っている場合もあり、それらを翻訳しなければいけない、翻訳家や翻訳会社にとっては、扱いに困る言葉と言えるのではないでしょうか。

勿論、日本にも汚い言葉は存在するのですが、アメリカなどに比べれば、テレビや映画などのメディアでは、許可されていなかったり、自主的に規制したりします。

例えば英語で、「Fuck」や「Shit」などの言葉がありますが、これらは汚い言葉にも関わらず、アメリカなどでは、映画やテレビなどでも、当たり前の様に使われています。

それらを翻訳する側としては、とても考えなければいけない表現なので、前記の様な言葉は、「ちくしょう」とか「なんだよ」などの、柔らかい表現に翻訳して扱われる場合が多いです。

私が見たことがある例では、アメリカのプロレス番組で、あるレスラーがライバルのレスラーに対して、マイクパフォーマンスで、「貴様を〇〇して、××にしてやる」の様な、筆舌し難い表現を使っていたのですが、それを日本語に翻訳している字幕では、「何をおっしゃるウサギさん、ウサギの皮を剥いでやろうか」と翻訳していました。

外来語や和製英語の翻訳

時代が進むによって、日本もどんどん国際化の波に乗りはじめ、言語なども、和製英語や外来語を当たり前の様に使う時代になったと言えるのではないでしょうか。

その為、翻訳家や翻訳会社などは、和製英語や外来語の扱いにも気をつけなければいけないと思います。

和製英語とは、実際に英語にはない表現で、日本独自に使われている英語の事で、カタカタ英語とも呼ばれ、「コンセント」や、「リホォーム」などがあり、これを英語圏で使おうとしても伝わらないはずです。

そして外来語とは、本来外国のもので、日本語に存在しない様なものを表現する為ですとか、日本語より使い勝手が良い為に、日本語として当たり前の様に使われている英語の事を指し、「パン」や「デパート」などがあり、これは、発音さえ良ければ、英語圏でも伝わるはずです。

しかし、小説などを翻訳する時に、和製英語や外来語を多用してしまっては、あまり美しいと言える文章では無くなってしまう恐れがあります。

ですが、「パン」を「麺麭」に翻訳してしまったりですとか、「デパート」を「百貨店」の様に翻訳する必要はないと思いますので、線引きが大切だと言えるかもしれません。